C O N T E N T S

救急医学からみた脳死

脳死とはなにか
・人工呼吸器と脳死
・脳死の概念
・植物状態との違い

脳死の判定
 (1)前提条件と除外例
 (2)判定基準(判定のための諸検査)
・厚生省以外の検査
  聴性脳幹反射 ABR(auditory brainstem response)
・脳死判定のプロトコル
・脳死と心臓死の概念の違い
・脳の損傷の度合い
・脳死者の発生数
・脳死判定後の選択肢

脳死者への対応と臓器提供に関する救急医学会の見解
・脳死に対する意識調査
・日本救急医学会の見解
・脳死と脳死患者への対応
・リビングウィルの尊重と本人意思の忖度
・法律の遵守


救急医学から見た脳死
杏林大学医学部救急医学教室教授
日本救急医学会理事
島崎 修次


■脳死とは何か

人工呼吸器と脳死

 脳(中枢神経系)には、大脳、小脳、中脳、橋、延髄、脊髄という部分がある。このうち、中脳、橋、延髄を脳幹という。脳幹は、呼吸、循環などの生命に直結する機能の中枢をなしている。脳幹の機能が失われると、生命維持に欠かせない呼吸が止まって、もはや生きていけないということになる。
 ところが、数十年前に人工呼吸器(レスピレータ)が発明されたことで、脳幹機能が廃絶して呼吸中枢機能停止によって自発呼吸が停止した人に、人工的に呼吸させることができるようになった。心臓はその自動性によって動くので、人工呼吸器で呼吸を維持すれば、脳幹機能が廃絶していても、呼吸と循環は一定期間維持していけるという事態が生まれた。これが脳死である。

脳死の概念

 脳の死という概念には次のものがある。(1)全中枢神経死:大脳、小脳、脳幹、脊髄まで、あらゆる中枢神経系の不可逆的な機能停止、(2)全脳死:大脳、小脳、脳幹を含む全脳髄の不可逆的な機能停止、(3)脳幹死:脳幹だけの不可逆的な機能を停止、の3つである。現在、日本では、脳死を「脳幹を含む全脳髄の不可逆的な機能消失」とする。つまり全脳死の考えをとっている。イギリスなどヨーロッパの一部の国では、脳幹死の概念を受け入れているが、多くの国では、大脳も含めた全脳死の立場をとっている。
 全脳死、脳幹死、いずれの場合も、人工呼吸器がなければ呼吸による血液の酸素化ができないので、心臓は動き続けることはできない。呼吸ができないと心臓は数分で停止する。全脳死、脳幹死とも、人工呼吸器がなければ、心臓を動かして体の循環を維持することはできないのである。

植物状態との違い

 植物状態とは、大脳が機能廃絶、あるいは機能廃絶に近い状態になっているが、自発呼吸をつかさどる呼吸中枢のある脳幹部は完全に生きている状態である。したがって、植物状態と全脳死、あるいは脳幹死とは完全に一線が画される図1

 植物状態では、人間が生きるために基本的に必要な呼吸機能、あるいは循環系のコントロールは、正常、あるいは正常に近い状態で働いている。しかし、脳幹死、あるいは全脳死の状態ではこの機能が失われている。
 植物状態では、自発呼吸が弱いものから、ほぼ正常な程度の呼吸まで幅があるが、人工呼吸器はほとんど使わずに、栄養さえ与えれば生きていける。意識のレベルは低く昏睡状態であるが、呼吸、循環といった機能は残っている。脳死(脳幹死や全脳死)と、大脳が機能を失った植物状態とは、まったく異なっているわけである。
 図2は、全脳死に陥った後、心臓が停止するまでの経過時間を示している。約半数の脳死者は2〜3日で心停止に至る。この調査では最も長い人で83日であるが、今までに報告された最も長いものでは約100日である。脳死者の心臓は数日で止まるものもあれば、100日で止まる場合もある。積極的にカテコラミンや抗利尿ホルモンなどを投与すると、心停止に至る期間をながびかせることもできるが、通常は1週間でほぼ70〜80%が心停止に至る。

 しかし、脳死が死であるという意味は、一定期間後に心臓が止まるからではない。脳幹を含む全脳の血流が不可逆的に途絶し、脳が融解壊死に陥るからである。

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■脳死の判定


 厚生省脳死判定基準(いわゆる竹内基準)は「前提条件」、「除外例」および「判定基準(判定のための諸検査)」で構成される。

(1)前提条件と除外例
 脳死診断を行う患者の前提条件は、1.器質的に脳が障害されている、2.深昏睡・無呼吸である、3.脳障害の原因が確実に診断されている、4.適切な治療をもってしても回復不能である、の4点である。
 しかし、以下の患者に対しては、脳死の診断をしてはならないことになっている(除外例)。
1.6歳未満の小児は除外される(6歳未満は除外され、6歳以上ならよいという明確な理論的根拠は未だない)。
2.また、薬物中毒、32℃以下の低体温、代謝・内分泌障害などの症例では、脳死と非常に紛らわしい状態になることもあるので、脳死の診断から除外する。

(2)判定基準(判定のための諸検査)
 前項の前提条件を完全に満たし、除外例を除外した上で、以下の諸検査を行う。
1.痛み刺激にも反応しない深昏睡。III-3方式、グラスゴー・コーマ・スケールなどの指標を用いて判定する。
2.脳幹の機能を反映する自発呼吸が、完全に停止している。これを調べるためには、人工呼吸器をはずして、無呼吸テストを行う。すなわち最初に10分間、6lの酸素を流した後、人工呼吸器をはずすと血中の炭酸ガス分圧が上がってくる。動脈血の炭酸ガス分圧は普通は40mm/Hgぐらいだが、60mm/Hg以上になると、脳幹の呼吸中枢が働いていれば自発呼吸が出現する。脳幹機能が廃絶していると、自発呼吸が出てこない。
 人工呼吸器をはずして、炭酸ガス分圧が60mmHg以上になっても自発呼吸の出現がなければ、自発呼吸がないと判断する。脳死判定記載用紙には、人工呼吸器をはずして10分以上たったとき、血液中の炭酸ガス分圧の数値を記入する欄がある図5参照。厚生省基準の脳死判定の検査で、客観的なデータが証拠として残るのは、無呼吸テストと、脳波のふたつである。
 ただし無呼吸テストができない場合もある。炭酸ガス分圧が急速に上がり、血圧が低下し急性循環不全 で、途中でやめざるを得ない場合がある。したがって限りなく脳死に近い状態であっても、実際には全例に脳死の診断と判定ができるわけではない。
3.瞳孔が固定している。以前は瞳孔が「散大・固定」と表現したが、現在では、瞳孔が直径4mm以上で、特に散大がなくても、固定して光に対して反応しないということが必須条件となっている。
4.すべての脳幹の反応が消失している。角膜反射など7つの脳幹反射の検査を行い、それに対する反応がすべて停止している事を確認する。たとえばのどを刺激する(気管内チューブにカテーテルを挿入する)と、バッキングといってゴホンゴホンと咳をする反射があるが、その咳反射が起こらない。角膜を綿で刺激すると、通常はまばたきをするが(角膜反射)、脳死ではこの角膜反射が起こらない。耳の中を冷たい水で刺激すると通常は眼振が起こるが(前庭反射)、脳死ではその反射がない。また、人形の眼運動など、いろいろな検査法で脳幹の検査を行う。
5.脳波が平坦である。脳波で示されるのは脳幹の電気的活動ではなく、大脳の活動である。平坦脳波は大脳の機能がないことを示している。
 図3で見られるように、植物状態と脳死の脳波は明らかに違っている。植物状態では、正常とは異なるが、脳波の波形は見られる。一方、脳死(全脳死)では大脳機能も失われているので、波形はまったく見られない。感度を最大に上げて測定しても波は平坦になる。棘状に小さく出ている起伏は心電図の影響である。脳死の判定では、最低30分間脳波をとる。

厚生省基準以外の検査

 厚生省基準以外にも、脳幹の機能を客観的に調べる検査法がいくつかある。
●聴性脳幹反射 ABR(auditory brainstem response)(図4)
 最近多く用いられるのが聴性脳幹反射である。ヘッドホンでカチカチとクリック音を聴かせると、脳幹が機能していればそれに反応して波が出てくる。波はI波からVII波まであり、I波は聴神経の反応である。II波以下は脳幹のいろいろな部位の活動の度合いに応じて機能が反映される。I波からV波までは、脳幹のどの部位で発生するかが分かっているが、VI、VII波の由来は定かではない。
 脳死者の約70%では、I波からVII波まで全部が消える。残りの約30%は、I波を残してII波からVII波が消える。この検査はベッドサイドで簡単に行え、しかも脳波と同様客観的なデータを取って証拠として残すことができる。移植法案の要綱の骨子では、脳死の診断基準に加えて、できるだけ本検査を取り入れることが望ましいとしている。ただし、必須ではない。
 他にも、脳血管撮影、超音波ドプラ法などの脳血流を調べる検査法がある。

脳死判定のプロトコール

 1回目の脳死判定を行って6時間後、あるいは6時間目以降に、2回目の判定を行う。1回目の判定を行い、医師2人が確認の署名をする。次いで2回目の判定を行い、医師2人が署名する。さらに1回目と2回目の結果を見て、2人の医師が「確かに脳死に間違いない」ことを総合判定する。1回目の判定、2回目の判定、総合判定と、延べ6名の医師の署名によって、脳死診断が確定されるのである(クリックするとプロトコールの1例がみられます)。

脳死と心臓死の概念の違い

「心臓死、すなわち心拍と呼吸の不可逆的停止は、患者の全体としての死を意味する」というのが従来の死の概念である。しかし心拍と呼吸の停止は、その時点で直ちに体の全細胞が死んでいることを意味しているわけではないが、われわれはそれを習慣的に「死」と呼んできた。
 同様に、脳死を脳幹機能の不可逆的停止、大脳を含めた脳全体の機能停止というとき、脳の全細胞が直ちに死ぬことを意味するのではない。この点で、「脳のあらゆる細胞が死ななければ、脳死とは呼べないのではないか」という考え方は、誤りである。

脳の損傷の度合い

 脳損傷、たとえば頭部外傷を受けたり脳血管障害では、脳が腫れて頭蓋内圧が上昇し、脳の血流がだんだんと減少し、昏睡に陥る。脳の損傷が進むと、脳血流がさらに減って脳幹機能が途絶し、呼吸停止が起こる。
 脳死判定の1回目と2回目の間に6時間の間隔を置くのは、再確認の意味があり、これによって回復の可能性を否定する意味を含めている。脳死では脳への血流が途絶し、最終的には脳が融解する図6

脳死者の発生数

 年間の脳死患者の発生数は、3,000〜4,000と推定されている。厚生省調査によるデータでは年間1,695例と報告されている(図7は、その原因疾患の内訳を示す)。脳死者の発生場所はほとんど(80%)が救命救急センターである。救命救急センターでは年間約1,300例発生しているが、施設数が約100か所あるので、ひとつの施設で年間平均13例、1ヵ月に平均1例という計算になる。

脳死判定後の選択肢

 脳死者がたどる経過は、現在以下の4通りある(図8)
1.脳死状態と考えられても、家族の意向などにより脳死の判定をせず、心停止まで通常のターミナルケアをする。
2.2回の脳死判定を行い、脳死診断を下す。しかし、そのまま心停止までレスピレータをはずさない(あるいはレスピレータを一定期間経過後適当なときにはずして心停止とする)。一種の脳死下医療である。
3.2回の脳死判定を行い、脳死と診断する。その後、リビングウィルや家族の意思によって、レスピレータをはずす。
4.2回の脳死判定後、本人のリビングウィル、家族の意思などによって、臓器提供を行う場合である。臓器摘出をして心停止となる。
 死亡時刻をどの時点にするかは未だ最終的には確定していないが、厚生省ワーキンググループの意見では、2回目の脳死判定時を死亡時刻とするという見解が示されている。


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■脳死者への対応と臓器提供に関する救急医学会の見解


脳死に対する意識調査

 平成2年(1990年)、脳死臨調が有識者に対して行った「脳死及び臓器移植についての意識調査」によれば、脳死を人の死と認めることについて賛成65.1%、反対15.3%であり、平成3年(1991年)に同じく脳死臨調が一般国民を対象として実施した「脳死及び臓器移植についての世論調査」によれば、賛成44.6%、反対24.5%であった。
 平成4年(1992年)1月、日本救急医学会の評議員約1,000名に対してアンケート調査を行い、127名の回答を得た。対象となった評議員は、現場で日常的に脳死者を扱っている医師たちである。結果は「脳死を人の死と認める」が86%、「脳死体からの臓器移植は妥当である」が74%、「厚生省の脳死判定基準に賛成である」が77%、「臓器提供に協力する」が69%となっている。おおむね、脳死を人の死と認め、脳死の判定基準に従って診断し、家族の希望、本人のリビングウィルがあれば、移植に協力するという姿勢がうかがえる。

日本救急医学会の見解

 脳死臨調で「脳死を人の死とする」としてから2年あまりが経過し、移植法案が国会に提出されて4ヵ月以上が経過した。われわれは、脳死臨調の答申が発表されてから、一貫して「脳死は人の死である」としてきた。
 学会の見解の基本的事項は、タ脳死は死であり、これは社会的、倫理的問題とは無関係であり医学的事象である。チ臓器移植は社会に必要な医療であり、本邦でも健全に受け入れられたほうがよい。ツ法律は遵守されねばならない。以上の3点である。
 現状では、脳死体からの臓器提供は、検視の問題、死亡時刻の問題などが解決されない限り、検察からの不愉快な事情聴取の矢面に立たされるのは救急の現場の医師である。このような状況では、脳死体からの臓器提供は、法律が制定されるまで待つべきであるという立場である。
 この基本的事項に基づき、日本救急医学会理事会では平成6年4月、「脳死患者への対応と脳死体からの臓器移植について」という見解を発表した。内容の第1は「脳死と脳死患者への対応」である。これは臓器移植と関係なく、脳死に対する考え方、あるいは日常発生する脳死者に対して、現場の医師がどう対応すべきかという点について、学会としての基本的な考え方を提示したものである。第2は「脳死患者からの臓器移植マニュアル」で、患者のリビングウィル、あるいは家族の意思で臓器提供を行う場合、どのような手段で行うのが適当かというマニュアルである。

脳死と脳死患者への対応

 第1に、脳死は医学的な事柄であるから、医師は脳死を脳死であると診断すべきである。たとえば患者の肝臓が悪ければ、医師は肝臓の病気を診断して、治療あるいは管理を行う。同様に、患者が脳死だと判断すれば、脳死を診断するのは医師の役目であり、それを行わないのは医師の診療活動の放棄である。
 ただし、たとえば癌の場合、本人あるいは家族が、癌を診断して告知されるようなことはしてほしくないといえば、診断・告知しない場合も多々ある。それと同様に、家族が脳死と診断してほしくない、それによって選択を迫られるのはいやだという場合、十分な理解が得られなければ、脳死診断は行わないほうがよかろう。すなわち、脳死の診断は、家族の十分な理解が得られた上で行うべきであるとしている。その場合、家族以外の第三者によって干渉されてはならないということである。

リビングウィルの尊重と本人意思の忖度

 正しい手順で脳死と診断された後、脳死者にどのような処置を行うかは、患者のリビングウィルを尊重し、患者親族からのインフォームドコンセントに基づいて、担当医あるいは担当医チームが決定する。「リビングウィルの尊重」という言葉が入っているように、患者親族からのインフォームドコンセントのみで決めるということは、学会としての見解ではない。
 臓器提供についてリビングウィルが存在しない場合、法案では「忖度」という言葉が使われている。臓器提供についての本人の意思を家族が推測して決めるという意味である。本人の意思が推量できなければ、基本的には臓器提供はすべきではないと学会は考えている。

法律の遵守

「法律は遵守されるべきである」という項目については、検視等の捜査手続きが必要とされる脳死体については、必ずその手続きを経るという意味である。
 われわれ救急医学会としては、法律的な問題が解決された後、患者のリビングウィルあるいは家族による本人の意思の推測による同意があれば、臓器移植には協力していきたいと考えている。移植を希望している患者やその家族、あるいは移植医にも、このような全体的状況をよく理解していただけることを望んでいる。この事が和田心臓移植以来の移植医療に対する国民の不信を解消し、移植医療を軌道にのせるための、もっとも近道であると考える。

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