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レシピエントの移植後の精神医学的問題(1)
この回から、レシピエントに生じる移植後の精神医学的問題についてひとつひとつ述べていく。
レシピエントの移植後の精神医学的問題についての大まかな分類
レシピエントの腎移植後の精神医学的問題は、実際の臨床では以下に分類するいくつかの問題が1人のレシピエントに同時に濃淡さまざまな比率で重なって出現してくるのであるが、いまは説明のために便宜上大きく3つに分けて考えることにする。すなわち、「不安」、「抑うつ」、「その他の問題」である。
まず、不安については「手術後不安」ないし「移植後不安」としてまとめることができる。表1に「手術後不安」あるいは「移植後不安」を示す。
移植後の「抑うつ」も臨床上一番出現頻度の高い問題である。これについてもその内容を表2に示す。
移植後のレシピエントの身体および心理をめぐるその他の精神医学的問題もその一部にはやや専門的すぎてわかりにくいものも含まれるが、精神医学的な視点でみると重要なものが多い。それらを表3にあげる。
これらをみてお気づきだろうが、いずれも拒絶反応をめぐって直接、間接に生じる問題がまず重要なものとして登場する。「不安」にしろ「抑うつ」にしろ、あるいは「せん妄状態」にしろ拒絶反応時に一番強く現れるであろう。腎移植の成績が向上したといっても、やはり拒絶反応はレシピエントにとっては一番の問題であることがわかる。
まず話を、レシピエントの「移植後の不安」から始めていこう。
移植後不安
最近では、移植医は「拒絶反応はかなり克服できるようになった」と言明するし、事実そうなのであるが、移植後のいろいろな障害について患者に何が気がかりかと尋ねるアンケートをとれば、おそらくその9割は「拒絶反応」という答えが返ってくると移植医も認めているくらいにまだこの「拒絶(反応)」(近ごろ精神科医として面接していると、患者は昔の患者のように拒絶反応と言わなくてただ単に“「拒絶」が怖い”というような言い方をする)は、レシピエントにとって大きな不安(の種)である。
実際に移植手術が終わって、治療者およびレシピエントともに「植えられた腎臓がどうなるか」という期待と不安に満ちた時期が始まると、レシピエントの内心には「移植腎が駄目になりはしないか」、あるいはそれとは反対に否定(否認)する形で「いや、自分のは大丈夫だろう」という、いずれにしろ移植前とは違った新たな不安が出てくるようになる。そして、ここから先は、個々のレシピエントの臨床的経過によってさまざまである。すなわち、この先のレシピエントの不安の消長は、ひとえに拒絶反応がいつ、どのような形で、どの程度に出てくるのか、あるいは出てこないのか(こなかった)にかかっている。
移植後いたって順調に経過している時期でも、「半分万歳、半分不安」といみじくも述べたレシピエントがいた。「データに一喜一憂しています」、「クレアチニンの値が1.5だったのが1.6になりました。大丈夫でしょうか?」と直接移植医には聞かないで(聞いて移植医から直接答えをもらうのが恐い)あえて精神科医に聞いてくるレシピエントもいる。こうした程度の不安は決して精神障害ないし精神医学的問題と呼ぶべきものではなく、術後のレシピエントの当然の(心理的)反応性の不安といってよい。
拒絶反応がいつ起きるか──ダモクレス症候群
やがて無事に退院となって、移植に成功した患者として病院に通院するようになってから病院ではひとつもそのようなことを口にださないが実はその日常は「自宅に閉じこもりきり」であることが、のちになって(精神科医の面接などで)わかるレシピエントがいる。そのような場合には、「感染が恐くて」、「いつ拒絶が起きるか恐くて」、「もしそんなに活動して拒絶反応が起きたら……」などのレシピエント独特の感情が隠されていたり、前回述べたように(ドナーの精神医学的問題(4)、14-15、Vol.5、No.3、1994)移植後のドナーの不安に引きずられる形でレシピエントとドナーが強い共生的・依存的関係にあったり、あるいはドナーが禁止・命令・支配・干渉・管理の態度をとるためにレシピエントがやむを得ず消極的・自閉・内閉的になってしまうためであることが多い。
一度でも入院中に軽い拒絶反応を体験した人ならなおのことその不安は強くなるが、積極的に外(社会)に出ようとすると、拒絶反応が恐くて出られない。(自宅に)閉じこもっていると何のために移植をしたのかわからない気持ちになるという自己撞着(矛盾)する現象が現れる。「移植腎を大事にすると生活が萎縮し、生き生きと生活しようとすると拒絶反応の不安や可能性が増す」という矛盾に悩まされるレシピエントの心理すなわち不安がある。これをダモクレス症候群とよぶ。その由来は「ダモクレスの剣(the sword of Damocles)」の話からきておりその意味は、Damoclesの頭上に髪の毛で剣を吊し、王位にある者にはいつも危険が伴うことを論した話、すなわち栄華の(ここでは腎移植の成功)真っ只中にあるなかで身に迫る危険(すなわち拒絶反応)を感じる故事からきており、ダモクレス症候群とよぶ所以である(「移植後の不安」の項続く)。
表1. レシピエントの手術後ないし移植後不安 1. 拒絶反応がいつ起きるか──ダモクレス症候群 2. 合併症の不安 3. 薬の副作用についての不安──コンプライアンスの問題 4. 社会復帰についての不安──病人? 健康? 5. いつまで植えられた腎臓がもつか?──再透析の不安
表2. レシピエントの移植後の抑うつ 1. 拒絶反応後の抑うつ 2. 薬による抑うつ 3. 移植成功後の抑うつ(paradoxical depression) 4. ドナー、家族、スタッフとの葛藤による抑うつ 5. 再透析での抑うつ
表3. 移植をめぐるレシピエントのその他の精神医学的問題 1. 注意・集中力の低下ないし障害 2. 軽い意識障害〜せん妄 3. 軽いそう状態 4. 不登校・不適応状態 5. 同一性障害 6. 性的同一性障害 7. 身体像障害 8. ノン・コンプライアンス
文 献
1)春木繁一、高橋公太、安村忠樹: 腎移植に伴う精神医学的問題(座談会). 腎と透析34(4); 585-604, 1993
(初出:「TRENDS & TOPICS in TRANSPLANTATION」Vol.6 No.1 1995)