NOVARTIS

移植患者の精神ケア(12)
春木繁一(東京女子医科大学腎臓病総合医療センター)


腎移植の精神医学的問題−その概観2


レシピエントのその他の精神医学的問題

 レシピエントのその他の精神医学的問題としては、表1に示すような問題がある。せん妄はおもに薬物、合併症によって起きることが多い。かなりの量のステロイドやシクロスポリンなどの免疫抑制剤の副作用の1つとして出現したり、感染症の高熱時などに起きる。このようなときはレシピエントにとって危機的な状況であるために、不安や抑うつによる心理的な因子が重なってせん妄が発生したと考えられる場合も多い。すなわちせん妄といえども心理的要因を抜きには語れないということである。逆に、透析療法中に尿毒症性の意識障害や脳症を経験したことのあるレシピエントや、なんらかの脳器質性障害(硬膜下血腫、脳梗塞など)の既往をもっているレシピエントでは、同じ条件下では、そうでないレシピエントに比べて、せん妄が起きる可能性は高いといえる。
 成功後の軽いそう状態は、移植スタッフによって見逃されている。というよりも気づかれないでいることが多い。脱抑制、すなわち爽快気分はあまり問題にされないから。しかし、睡眠時間3〜4時間で仕事に熱中しているレシピエントには療養上の注意を与えることも大切である。
 表1に示した3)から6)までの概念は専門的すぎてわかりにくいが、いずれもレシピエントが社会復帰をしていく際に問題となる項目である。いずれも、後に詳しく解説しようと思っている。7)のノン・コンプライアンスの問題は移植医を悩ませる問題で、移植医としてはついレシピエントに怒りをぶつけたくなるであろうが、実に複雑な諸要因が絡んで生じている問題である。これも、時期をみて取り上げて解説したい。

表1.  移植をめぐるレシピエントのその他の精神医学的問題 
1) せん妄状態
2) 軽いそう状態
3) 不登校・不適応状態
4) 同一性障害
5) 性的同一性障害
6) 身体像障害
7) ノン・コンプライアンス(non-compliance) 


精神医学的に見た理想のレシピエントとは

 私と同じく長い間精神科医として北里大学で腎移植をみてきた佐藤1)は、表2のような「精神医学からみたレシピエントとして望ましい条件」を示している。
 このようなすべての条件を満たしているレシピエントは、私の経験からすると少ないのではないかと思うくらいである。これらの条件を満たすような人ならば、あえて肉親から腎臓をもらって腎移植をしようとは思わないのではないかとも思われる。むしろ透析で生きることを希望するかも知れない。逆に、このような条件を満たしていない人が多く腎移植を受けるが故に、これまで述べてきたように移植前にいろいろな不安や抑うつに基づく症状を引き起こしてくるのだろうと思われる。したがって、腎移植の実際の臨床では、望ましいレシピエントだけではない、と考えたほうが現実的であろう。

表2.  レシピエントとして望ましい条件──精神医学的に 
1) 発病前の適用がよいこと 
2) ドナーとの関係のよいこと 
3) 透析の経験──半年以上 
4) 透析時代のよい適応──治療、社会 
5) 不安・フラストレーションが低いこと 
6) 知的能力が極端に低くないこと 
7) ドナー選択に問題のないこと 
8) 腎移植をよく理解していること 
9) 腎移植への心の準備ができていること 

佐藤による)


移植前にチェックしておきたいこと

 さて、たとえ精神科医が移植直前に1回や2回の面接を行ったとしても、面接ではなかなかつかめない問題があることも多い。実際には移植後に精神科医の知らないところで精神医学的な問題が起きて、かなり症状や問題行動がハッキリしてから、初めて相談を受けるようなことが多いのが、今の移植医療の実情である。このようなことを少しでも防ぐために、リエゾン・コンサルテーション精神科医として、ことに移植患者を送り出す透析施設に希望したいことを表3にまとめてみた。
 自負心とは、患者が自分をどれだけ大切に思っているのか、あるいは周囲からどれだけ愛されているかということになる。自他ともに愛される存在として自分があるのかどうかということである。否認が強すぎて、透析がどうしてもいやだというレシピエントや、あまりにも強い子供返りを起こしている人も困ることになる。家族の応援もほどよい程度がよいのであって、強い同一化や密着は問題になる。これらは透析期間中に機会をとらえてスタッフが観察できる点であって、その有り様を具体的に移植スタッフに伝えてほしい事柄である。
 透析療法中の食事や服薬のコンプライアンスも、透析スタッフにはよくわかることで、しかし移植スタッフへは案外に伝えられないことの1つだと思う。1つの指標となる項目を表4にしてみた。
 5)のインフォームド・コンセントと6)の項目は、医師と患者関係の問題につきるが、どこまで移植のメリット、デメリットを完全に伝えうるか、ことにレシピエントの気持ちがもう移植に向かってしまって、移植の成功しか頭にないときには難しいことである。その場合、事実はこうだと、すなわち「透析医としてはしっかり伝えたのだが、もう聞く耳をもっていなかった」というふうに知らせてもらうのがよい。たとえ子供であっても主治医がきちんと説明する、するとあとに起きるどんなつらい痛みや苦しみでも耐えられるということがあるという事実、逆に知らされていないと、この苦しみは終わりがないように感じるという事実を忘れてはいけないだろう。
 経済的状況や生活のことは、医者はつい忘れがちになるが、慢性疾患の治療においては直接的に響いてくる事柄なので、患者の生活基盤を知ることも長い期間の治療を考えると大事になる。コンプライアンスとは、ここまで述べた事柄の総合をいうのであって、結局は、最後は自分に起きた病気や運命について受容することをいう。ただ単に薬をきちんと飲むとか食事を守るとかの問題ではないといえる。この点、否認が強い人ではどうしても自分の惨めな運命を受け入れにくく、それ故に起死回生の治療である移植に再生を賭けることになる。移植はこういう人にとっては、辛い透析から抜け出せる魔法の治療であって、治療に伴う困難はまったく目に入らないことになる。
 最後の人格の成熟とは、たとえば「現実をきちんと認識し、事実をもとにして生きる態度」とか「独立的・自主的な態度」、「自己中心的でない態度」、「社会に対して寄与する態度」さらには「なおも成長しようとする態度」などをいうが、逆にこうした態度がとれない人を未成熟といい、「幻想的」であったり、「依存的」であったり、「自己中心的」であったり「社会的役割を果たすことを回避」したりする。実際にはスタッフが日頃接していての印象で結構なのであって、「甘えん坊、寂しがり屋、癇癪もち、頑固、執念深い、几帳面、けちんぼう、負けず嫌い、見栄っぱり、ヒステリー性格だ、神経質である、心配性である」などなど、ごく日常的な言葉でその患者の人柄・特徴などを伝えてもらうだけで十分なのである。「なかなかに困った患者です」と一言紹介状に書いてあるだけでも、受け取った移植医は、精神科医にあらかじめ相談しようという気持ちになるだろう。身体的な状態のみではなくて、こうしたレシピエントのpsycho-socialな情報をも合わせて透析施設から提供してもらうことを期待したい。(この項続く

表3.  透析治療中にチェックしておく事柄 
1) 自負心(self-esteem) 
2) 否認の心理の強さ、退行の程度 
3) 家族の支持、周囲の支持 
4) 透析時代のコンプライアンスの程度 
5) インフォームドコンセント(completely-truely informed) 
6) 医師─患者関係、スタッフとの関係、転移・逆転移 
7) 経済的状況、生活状況
8) コンプライアンス(自分の病気や運命についての受容) 
9) 疾病理解──病いにある自己を受け入れる、人格の成熟度

 
表4. dietary compliance 
1) serum potassium(SK) 
2) blood urea nitrogen(BUN) 
3) interdialysis weightgain(IWG)
4) serum phosphate(SP) 


参考文献
1) 佐藤喜一郎: 腎移植レシピエントの精神医学的問題──発生・促進要因と望ましいレシピエント. 臨床透析 4: 484-488, 1992

(初出:「TRENDS & TOPICS in TRANSPLANTATION」Vol.4 No.3 1993)



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