日本移植学会臓器移植ネットワークシステム
ガイドライン(97.3.10.案)


第1章 はじめに

・1996年9月28日衆議院の解散によって臓器移植法案が廃案となったことを受けて、日本移植学会理事長はこの事態に遺憾の意を表明するとともに、以下に示す学会の今後の方針を内外に公表した。

 1.日本移植学会は、職能集団として、臓器移植を必要としている人が安心して移植手術を受けられるような環境を整備し、かつ高度の医療サービスを提供することを自らの責務と考える。これは臓器移植に関する法律の存在の如何を問わない。
 2.この責務を全うするため、日本移植学会の責任において、関連学会の理解・協力を得ながら臓器の提供、斡旋、移植に関わる医学的、社会的要件を検討し、脳死臓器移植が公平、公正、確実に行われるよう行動指針を作成し、かつ環境整備を行う。
 3.環境が整備された後には、日本移植学会の主導のもとに、関係諸機関の協力を得て、国民の理解と支持を得られる形で、必要な人に脳死臓器移植を行う。
 ・日本移植学会は上記の各要件を満たすため直ちに実務の作業部会を発足させた。
 ・即ち、脳死臓器移植が公平、公正、確実に行われるよう行動指針を作成し、環境整備を行うために、理事会のもとに、本学会将来計画委員会を中心に作業部会(事務局、3つのワーキング・グループ、評価委員会)を編成した。
 ・臓器移植が人々から認知され、信頼される医療であるためには理事長声明に謳われているオープン、フェア、ベストの3原則が担保される必要があることが確認された。
 ・「臓器移植に関する法律」がいずれの日か制定され、法的、社会的、行政的整備が十分に行われた後に同法律が施行されるとして、(社)日本腎臓移植ネットワークが多臓器移植に十分対応できるようになるまでの期間の支援体制を視野に入れて、日本国内の病院から臓器提供があった場合、いかなる状況下でも臓器移植が公平、公正、かつ確実に遂行できるように、日本移植学会主導の暫定的ネットワークシステムを構築することになった。
・方法論としては暫定的であるが、臓器提供の手順の標準化にあたっての日本移植学会のネットワークシステムについての基本理念、将来構想と矛盾しないよう整合を諮りつつ、方法論を検討した。


第2章 目的と基本姿勢

1)ガイドラインの目的
臓器移植に関する法制度の整備の有無に拘わらず、人々の納得を得たかたちで、臓器移植を健全な医療としてわが国に定着させ、恒に公平、公正かつ確実に実施できるようにするために、日本移植学会主導の暫定的臓器移植ネットワークシステムを構築し、その実践にあたっての基本姿勢、組織構成、責任体制を示す。

2)ネットワークの名称
「日本移植学会臓器移植ネットワークシステム(以下「学会移植ネット」)」とする。
組織移植の扱いについて:日本移植学会のネットワークシステムであり、臓器移植法のない状況で脳死下に心、肝移植を遂行するための暫定的システム作りであるから、名称には入れない。実施の方法論(インフォームドコンセントの取り方、摘出法など)の中に組織移植を盛り込む。

3)基本姿勢
・本ガイドラインは、法律制定前の臓器提供の申し出(在日米軍病院からの申し出を含む)に対応できる暫定的システムを構築することを目的とするが、その方法論は法律制定後に多臓器対応の社)日本臓器移植ネットワーク(仮称)を立ち上げる際の支援・準備体制となり得るように構想する。・暫定的臓器移植システムは現況を勘案すると、多臓器提供に関しての責任が日本移植学会理事会に集約されるよう構築する必要がある。
・臓器提供の手順の標準化にあたっての日本移植学会のネットワークシステムについての基本理念、将来構 想と矛盾しないよう整合を諮りつつ、暫定的方法論を検討する。
・基本的に、在日米軍病院も日本国内の一提供病院と位置づける。(臓器搬送までの米軍病院内での作業行程をどのように実施するかについては、日米間の覚え書きを交わす際に確認し、「在日米軍病院からの臓器受け入れに関するガイドライン(案)」に明記する。)
・法律制定前に臓器提供の申し出があった場合の腎臓の取り扱いについて:
 a)(社)日本腎臓移植ネットワークが他のネットワーク(たとえばUNOS)から提供された腎臓と同じ扱いで現行のシステムにのせて移植されることがベストである。
 b)しかし、心臓摘出後の腎臓も脳死下の摘出であるからという理由で(社)日本腎臓移植ネットワークでは取り扱えないと仮定すると心、肝摘出後の腎臓は日本移植学会のシステムの下、学会コーディネーターの指揮下にレシピエントを選択・決定することになる。この場合、法律のない状況下で脳死体からの腎臓移植を施設内倫理委員会が認可している施設で移植が行われる。しかし、この場合、倫理委員会が認可している施設での腎臓移植を希望する患者のみを別に登録してデーターベースを設置すると、現在(社)日本腎臓移植ネットワークに登録されていて脳死下での腎臓移植を希望している患者の内、施設内倫理委員会が脳死下の腎臓移植を認可していない施設での移植を希望している患者にとって不公平を生じる。患者にとっては(本人が望まない場合を除いて)移植のチャンスは平等であるべきなので、(社)日本腎臓移植ネットワークとのデータベースの整合を諮って対処する。
 c)また施設内倫理委員会が脳死下の腎臓移植を認可していない施設での移植を希望している患者にとって不公平を生じないように、脳死下の腎臓移植を認可していない施設の患者を認可済みの施設に転院させて移植するといった方法論も確立しておく必要がある。
 d)臓器提供の善意を万が一にも無駄にしないという観点からすると、なんらかの理由で国内の待機患者に移植することができない場合は外国のネットにシッピングすることも検討しておく。例え暫定的なネットワークだからといって腎臓の移植を断念しなければならない事態は避けなければならない。


第3章 体制と方法論

1)基本方針
・次の3点を担保するシステムを構築する。
    1)確実な脳死判定の確認、
    2)インフォームドコンセント、
    3)公正、公平なレシピエント選択
・脳死判定については、「学会移植ネット」はその診断結果と脳死の宣告を確認する。当「学会移植ネット」は1985年12月公表の厚生省基準(いわゆる竹内基準)に従って診断されたものを脳死とするが、1991年2月に発表された「脳死判定基準の補遺」を厚生省基準に含むものとする。また、厚生省科学研究・臓器技術臨床研究開発事業B班での検討を尊重する。
・「学会移植ネット」の実務は責任上、日本移植学会会員が行うが、上記 2)インフォームドコンセントの取得に至る行程、および 3)レシピエントの選択・決定は、日本移植学会理事長が第三者に委嘱して構成した臓器移植審査委員会(後出)の委員の立会(委員会の事前審査)のもとに「学会コーディネーター(後出)」が実施する。
・レシピエント選択・決定時の優先順位決定が公平、公正に、そして円滑に実施されるために、心臓および肝臓につては公式に適性評価された患者を待機者として、新たに設置するデータベースに登録する。
・ドナーの提供の意思確認は臓器移植審査委員会の判断にゆだねることができる。なお、日本移植学会は本人の善意、本人の臓器提供に関する権利(提供する権利、提供しない権利)が担保される方法論を原則とする。
・提供施設、移植施設とも、法律のない状況下で脳死体からの臓器移植を当該施設の倫理委員会が認可していることを前提とする。
・臓器提供に関わる作業行程にあって、個々の責任を個人がとるのではなく、システムとしての責任体制が明確であることが必要。(個々の決定事項は当事者の責任にて実行できるようにするが最終責任は理事長になるようにシステムを構築する)

2)既存のネットワーク等との整合
現法制下で稼働中の(社)日本腎臓移植ネットワーク、日米間に合意の得られた場合の在日米軍病院からの臓器提供に関するネットワークと整合させる。

3)組織構成(参考資料1 組織図・3月11日現在改定中)
「学会移植ネット」内に以下の委員会を設置する。

(1)臓器移植審査委員会
・「オープン」「フェア」「ベスト」を保障するため、医学界内外に広く移植医療に理解のある識者(日本移植学会会員、移植医、元移植医を除く)を求め、委員を委嘱する。
・医学的支援を必要とする場合を想定し、移植医を含む移植医療従事者をオブザーバーとして審査に参加させることができる。
・当「学会移植ネット」の監視および審査を行う。
・学会コーディネーターの再評価
・移植実施施設の再評価
・審査に関連して、委員は必要に応じて臓器提供のインフォームドコンセントの取得までの行程に直接参加し、臓器提供現場で立ち会い審査(事前審査)をすることができる。

(2)臓器提供委員会
・理事会直属の委員会とし、「学会移植ネット」の管理・運営を行う。
・委員会は予め、コーディネーター担当者として「学会コーディネーター」を複数名選任し、理事長がこれを委嘱しておく。
この場合、学会コーディネーターは、移植医療に通じており、人々から信頼される人物であること、移植チームから独立していることを原則とする。
・臓器提供時、委員長またはその代理人は、臓器提供の初回情報の窓口になる。
・臓器提供時、委員長またはその代理人は次ぎの担当者に出動を依頼する。
  1)臓器提供のインフォームドコンセント取得までの行程を担当する臓器移植審査委員
  2)学会コーディネーター
・臓器提供時、出動を依頼された学会コーディネーターは、その臓器提供から移植までの全行程の円滑な進行を指揮する。
・委員会は、予め日本移植学会員の中から支援コーディネーターを地域性を考慮して選任し、臓器提供から移植までの行程の円滑な進行を支援するシステムを構築しておく。支援コーディネーターは臓器提供時に学会コーディネーターから依頼を受けて提供施設に出動し、学会コーディネーターを支援する。

(3)レシピエント登録委員会
・各臓器別の移植適応基準を設定し、その基準に照らして登録希望者の適応の確認を行う。
 (当面採用する各臓器毎の移植適応基準を巻末参考資料2に示す)
・臓器提供時のレシピエント選択基準(検索アルゴリズム)に整合した患者登録・データベースを作成し、これを管理する。
・術後フォローアップデーターの登録・管理を行う(日本移植学会登録委員会と整合、または共同する)。
・臓器移植審査委員会の審査の支援(資料作成など)を行う。

(4)施設登録委員会
・移植実施施設の基準設定、評価認定、登録
・提供施設の基準設定、評価認定、登録

(5)ドナー適正評価委員会
・当委員会委員は、学会コーディネーターから要請があった場合、各臓器担当委員が提供臓器の評価・決定を支援する。
・委員会は、予め日本移植学会員の中からドナー適正評価支援医を選任し、二次評価に必要な検査の支援システムを臓器毎に構築しておく。ドナー適正評価支援医は臓器提供時に学会コーディネータから要請があった場合、提供施設でドナー適性評価委員を支援する。

4)ドナー情報から臓器搬送までの行程の実行者と責任体制
   (詳細は別刷「日本移植学会臓器移植ネットワーク・臓器提供マニュアル」参照)

(1)ドナー発生情報の処理(在日米軍病院からの情報を含む)
情報の1本化のために(社)日本腎臓移植ネットワークのコーディネーターが第一報を受け、「学会移植ネット」の臓器提供委員会委員長またはその代理人に伝える。暫定的ネットワークといってもむやみに別個の連絡網をつくることは法律が実施された後に整備される時に混乱を生じるし、情報を送る側(提供施設)にとっても複数の連絡網が存在することは望ましくない。

(2)情報受理後の行程
・臓器提供委員会委員長またはその代理人は、次ぎの担当者に出動を依頼する。
  1)臓器提供のインフォームドコンセントの取得までの行程を担当する臓器移植審査委員
  2)学会コーディネーター
・学会コーディネーターは最寄りの支援コーディネーターに臓器提供施設へ出動依頼。
・支援コーディネーターが全ての行程をスムースに進行させる業務を行う。
 移植医が支援コーディネーターを担当する場合の制約を明確にする。
 特にインフォームドコンセントとレシピエント選択の支援を行う場合の制限を明確にしておく。
・行程中の確認、決定事項はその都度システムで決められた担当責任者(または委員会)が行う。
・各臓器の適正評価(二次評価)が必要な場合で画像検査や機能検査を必要とする場合、最寄りの各臓器毎のドナー適正評価支援医に依頼してこれを実施させる。
・適正評価後、提供可能な臓器の判断は、支援コーディネーターから提示されたデーターおよび資料を別に定める基準(巻末参考資料3)に照らして学会コーディネーターが行う。専門的判断が必要な場合、学会コーディネーターは当該臓器担当のドナー適性評価委員にコンサルトする。

(3)インフォームドコンセント
・脳死後の死の終演の迎え方(1.治療の続行、2.治療中止、3.心停止後の腎・角膜提供、4.心拍動下の臓器提供)を遺族が選択するまでの説明と、インフォームドコンセント取得の行程は、当面、臓器移植審査委員会の委員の事前審査を受けつつ(遺族の了承が必要)学会コーディネーターが行う。
・なお、(社)日本腎臓移植ネットワークのコーディネーターが多臓器提供の現場での見学ならびに研修を目的として参加・支援することは差し支えない。
・臓器提供の説明を行う際、当面は心臓、肝臓と腎臓を中心に行うが、他の臓器(角膜、皮膚、心臓弁等の組織を含む)についての一般的説明を省略するものではない。
・心停止後の腎・角膜提供が選択された場合、以後の行程は(社)日本腎臓移植ネットワークに引き継ぐ。
・説明内容と遺族とのコンセンサスをタイプアップし、双方確認後捺印した(調書風)書類をつくる等インフォームドコンセントの取り方を標準化して文書(マニュアル)化する。
・在日米軍病院からの臓器提供の場合、脳死判定から臓器提供承諾書の作成まで米軍病院のスタッフが行う。学会コーディネーターはこれを確認し、関係書類のコピーを入手する。
(4)レシピエントの選択・決定(心拍動下の臓器提供が選択された場合)
・支援コーディネーターが収集したドナーのデーターをもとにデータベース管理者が、データベースに登録された待機患者の中から、各臓器毎に選択基準に従ってレシピエント候補者を抽出してリストを作成する。
・学会コーディネーターはこの候補者リストを受け取り、各候補者の移植実施の可否を優先順位順に確認する。 (各臓器のレシピエントの選択基準、優先順位基準については参考資料5参照)
・当面、この一連の作業行程を含めてその決定は、臓器移植審査委員会の委員の事前審査の対象とする。
・なお、(社)日本腎臓移植ネットワークのコーディネーターが多臓器提供の現場での見学ならびに研修を目的として参加・支援することは差し支えない。

(5)HLA検査、感染症検査
・平時の待機患者のHLA検査、および24時間体制対応のドナーのHLA検査、感染症検査、ダイレクトクロスマッチを実施できる施設を国内に数カ所選び、支援・協力を依頼する。
・学会コーディネータまたはドナー適正評価委員会は、ドナーの適正評価に必要な検査を当該検査施設に依頼する。
・経費は移植学会が負う。

(6)提供手術チームの編成、派遣依頼
・提供手術チームは移植実施チームから派遣されることを原則とするが、その必要がないか不可能な場合、学会コーディネーターが該当するチームに摘出手術を依頼する。
・ここで該当する提供手術チームとは、臓器提供委員会が提供施設との地理的条件を考慮してチームを組織し、ネットワーク化しておいたものをいう。
・在日米軍病院からの臓器提供の場合で、提供臓器によって該当する知識をもった移植医がいないために在日米軍病院側から要請があった場合、第3次評価を行うため移植実施チームから移植医が赴く。但し、腎 臓等移植実施チームが未定の場合は学会コーディネーターが該当するチームに第3次評価を依頼する。
摘出術に関して、米軍スタッフ独自で実施不可の場合の日本人医師の関与については別途定める規定に従う。

(7)臓器提供手術
・国際的に標準とされている多臓器提供手術手順を採用する。
・手術手順の詳細は別刷「臓器提供マニュアル」参照。
・在日米軍病院における臓器の摘出手術は、原則として米軍病院のスタッフが全て行う。

(8)臓器の搬送
・臓器提供委員会は、平時に搬送システムを構築しておく。
登録された提供施設、移植実施施設間の搬送法、即ちどこからどこへどの臓器をどの手段で搬送するかを検討し、資料を作っておく。また、必要事項について関係諸機関、運送業者と打ち合わせをしておく。
・学会コーディネーターは支援コーディネーターからの要請で、上記資料に基づき適切な搬送方法を指示する。


第4章 臓器移植審査体制

理事長の諮問機関である「臓器移植審査委員会」において、日本移植学会主導で実施される移植に関する以下の事項を審査する。
   (1)ネットワークシステム、実施体制の適正な運用
   (2)各臓器の移植事例
   (3)登録施設の再評価


第5章 経費

提供に際して要した次の経費は日本移植学会が負担する。
   (1)提供手術経費
   (2)臓器移植審査委員など派遣者の旅費、諸経費
   (3)ドナーのHLA等の検査費用